キノコ採り

はじめに・・・毒キノコを食べたお話

 キノコにハマる人は多い。私もその魅力にとりつかれた一人だ。
色、姿かたちはそれこそ無限にあり、その強烈な個性が何十億年前の太古の世界へと
心身を導き、人を虜にするのかもしれない。
大抵の人は毒キノコを食べてひどい下痢や発汗等の症状でこりごりし、キノコ採りを
止めてしまう人も多いと聞く。
私も大丈夫だと判断したのに食後ひどい症状に陥ったことが大きく2度ある。
(軽症は何度かあるが)1回は9月上旬だったか。
食用とされるオニイグチを鍋で食べたが、数時間後、おなかが気持ち悪くなり、次に
ひどい下痢の症状となって、ほとほと参ったことがある。
暑い時期のキノコはたとえ食用とされても、どの様な物質が合成されるかわからない
ので、確実に安全とされる種類(例えばハツタケなど)に絞る方が良い。
2回目は9月下旬、ほぼ原生の姿をとどめているミズナラ林へマイタケを採りに行った
時である。
探してもマイタケが全く見つからなくて歩いていると、ハタケシメジにそっくりな
キノコが結構列になって生えていた。
収穫ゼロで帰るのも癪なので夢中で採ったが、そういう時が危ないのだ。
冷静さを失っている場合が多いからだ。ハタケシメジは人里近くの林道脇等に生える
キノコで、冷静に考えればそんな奥山の森の中に生えるわけがないのだ。

 ハタケシメジに姿、色調がそっくりなのだが、その種がわからない。
帰ってまた汁物にして食べたが味は非常に美味であった。
しかし2,3時間してから心臓が高鳴り、汗が異常に出始めた。
布団が濡れるほど汗が出続け、死の恐怖が頭によぎった。
とにかくそのままでは脱水症状がひどくなるので水を飲み続けたが、
結局飲んだ量は2ℓを超えた。
朝の4時ごろか、発汗の峠は越え、症状は次第に治まって行ったが、
毒キノコの恐ろしさを強烈に体感した初めての経験であった。
あのキノコは何であったか。いろいろ調べてひとつ候補を上げるとすれば、
ハエトリシメジではなかったか。
かつてこのキノコでハエを捕ったとされ、旨み成分のアミノ酸の一種が
かなり含まれている。
ハエが死ぬほどの毒性もあるので、手を出すべきではないキノコだ。

その後、いつもブナ林で同じようなキノコを採取した。この時はブナシメジと思って採ったが、家に帰ってこのキノコを洗いながらこのキノコはブナシメジに似ているが、生えている場所とその量がブナシメジと異なることに気づいた。ブナシメジはまとまって多く生えていることはないし、傘の周辺部に現われる大理石模様も見られない。また傘の中央部が凹んでいるのもブナシメジにはない特徴だ。図鑑で調べてみると、これは毒キノコとされるハイイロシメジと判断された。(図鑑によっては食用とされるが「日本の毒キノコ」の本では毒キノコに分類されている)このキノコを余り湯でこぼしせず100度以下で調理すると、悪寒、胃腸系の中毒症状が出るとされる。あの時、ひどい中毒になったキノコは、実はハエトリシメジではなくこのキノコではなかったか。ちょっと口に入れて噛んでみると甘い芳醇な味がした。

キノコにはやはり細心の注意が必要であると改めて感じた。

ハイイロシメジ

かつて中毒症状を引き起こしたハイイロシメジとみられるキノコ

 そのような経験をしたにも拘らず、相変わらずキノコ採りは止められない。
しかし近年、年を取って体力も無くなり、車から降りてそれほど時間のかからない
ブナ林がお目当ての場所だ。
ブナは私の最も好きな樹木で、ブナ林の高く明るい空間、樹皮の特徴ある地被類の
模様、何よりこの樹木には気品と優美さがあり、さらに大きな包容力を
感じさせるのだ。
その立ち枯れや倒木ではキノコの発生量も多いし、当たりはずれが無く、
行けば必ず何かは採れる場所だ。

 今まで採ったキノコで代表的な種について書いていきたい。

キノコその1 マイタケ

キノコ採りにはだれしも憧れるキノコだ。
図鑑を見ながら、いつかは採ってやるぞと思いつつ、年月は過ぎていった。
出会いは偶然にやってきた。
川場に家を建てる前、武尊山への登山道で、直ぐ脇のミズナラの大木があり、
ちょっと見てみるかと思って下ってみると、何と脇にうずくまる様に
それは生えていた。
それほど大きなものではなかったが、だれにも目につきやすい場所で、
よく採られずに残っていたものだと感激しながら採った。
その後何回行っても二度と御目にはかからなかった。
そらからは、林道から1時間以上かかる処に、ほぼ原生的な姿をとどめる
ミズナラ林を目指して探し回ることになる。

 探して数年経った年の9月下旬、今年こそはと勇んで出かけた。
何十本ものミズナラの大木を探していたところ、ひときわ立派な太い木を
遠めに見つけた。
そこには何と、周りに両手で抱えるほどのマイタケが2箇所に生えていた。
その時の気持ちを何と表現したらいいのか。
マイタケの名の由来は、見つけるとうれしさのあまり“舞う”ことから来た
との説もあるが、まさしくその舞い上がるほどの高揚した気持ちになった。
2つの株とも大きすぎてリックには入りきらず、大きな袋に入れて下山したが、
本当に家までたどり着けるか不安になった。
このマイタケを抱えて、もし沢にでも落ちているところを見つけられたら、
「この人はマイタケを採って喜びすぎて転げ落ちたのか」と、言われることも
頭によぎりながら、コケないように慎重に下った。

 量が多すぎて食べきれないので、知人に分けた程だった。
食べて最も衝撃的だったことは、強い香りもさることながら、下の部分の
ボリューム感が凄かったことである。
市販のマイタケは、薄っぺらで、野菜の葉のような感じだが、
採ったものは口に入り切れないほどの太さがある。
天ぷらにして食べたが、キノコの中で、野生の力強さをこれほど感じたものは
他になかった。
さらに、独特の強い香りと旨みは信じられない程であった。

まいたけ

ミズナラの大木に生えていたマイタケ

その2 マツタケ

 まだ30代後半の頃、家を構える前、よく泊まっていた民宿の主がマツタケ
採りの名人だったこともあり、松茸採りについて行ったことがある。
マツタケは管理されている山だと、樹齢40~50年程度の赤松がたくさん
生えている処に生育する。
管理されている山とは、落葉等を除去し、山肌がきれいに見えるように
なっている状態である。
そのような作業によって有機物の堆積を無くし、他の腐朽菌のキノコは
生育ができなくなる。
そのような場所に松茸は生えるが管理されていない山では、落ち葉が堆積
しない急斜面でしか生えない。
川場もマツタケ山のように管理されていないため、それこそ「よつんば」
になってやっと登れる急斜面に連れて行ってもらった。
大きく開いた松茸は簡単に見つけられるが、出てきて直ぐのものは、
そうやすやすと見つけられるものではない。
妻と行ったが、疲れて休んでいると、彼女が目をそっと投げかけた処に、
太くて立派なマツタケを見つけたのである。
私もあたりを、目を皿のようにして探したがとうとう見つけられなかった。
悔しくてその後何度も同じ場所に足を運んだが、マツタケは見つからず、
ショウゲンジ、ホウキタケ(美味)等を採っただけであった。

 食べ方は新鮮なものをホイル焼きにし、香りを閉じ込めて食べるのが一番だ。
それを割いて醤油をつけ、口に直接入れるのだが、口の中が強烈な香りで
一杯になる。
何とも言えない満足感に浸るのである。

その3 ナメコ

 まだ30代の頃、ブナの倒木にびっしりと生えたナメコの写真を見て、
ぴかぴか輝いている姿が何とも美しく感じられ、是非採りたいと
常々思っていた。
武尊山系のブナ林は1300~1400m付近から広がるが、現在は落石で
通行不能となっている江戸沢を車で奥まで行き、そこからちょっと歩くと
ブナ林が広がっている。
何度か訪れたがナメコを見つけることは出来なかった。
ある年、人の入りにくいチシマザサが生い茂る場所を、立ち枯れした
ブナを遠くから狙いを定め、やっとの思いでササを両手でかき分けて目指す
ブナに到達すると、そこには地面の直ぐ上から、私の背の上の高さまで
びっしりとナメコが生えていた。
しばし感嘆しつつ眺めてから採ったが、リックに入り切れない
程の量であった。
傘の大きさは直径3~4cm程度にも成長しているナメコも多く、大量となった。
それからというもの、ナメコを目的に毎年この辺りのブナ林を
訪れるようになった。
立ち枯れたブナは乾燥していることも多く、キノコの発生には適さない。
そのため水気が保ちやすい倒木を探し回ることになるが、倒木でも
倒れる場所で、どのようなキノコが発生するかが決まる。
その場所が窪地や沢筋なら、湿気が多くナメコ、ムキタケが発生
することが多い。
しかし、地面から浮いた状態だと湿気が少なく、生えるとしたらナラタケ、
ブナシメジ、シロタモギダケ、アシグロダケ、チャワンダケ等となる。
また、ナメコは太い倒木でも発生するのは、せいぜい2,3年程度で、
その年大量に生えていた木でも翌年は全く無く、がっかりさせられることも多い。

 9月中旬ごろから11月下旬の頃まで発生するが、寒い頃のナメコは粘りが
強く味も締まる。
みそ仕立てのナメコ汁にして食べるのが一般的だが、ナメコおろしも好きだ。
大根おろしとナメコのぬめりの調和が絶妙で、さわやかな味わいで食も進む。

なめこ

成長したナメコ

その4 ムキタケ

 ナメコと共にブナ林を代表するキノコだ。 倒木に折り重なって生えている姿は壮観だ。
ツキヨタケと似ているとされるが、ある程度慣れれば見間違えることはない。
発生はツキヨタケが9月中旬ごろから、ムキタケはそれより遅く10月上旬ごろ であるが、同じ木にこの2種類が生えていることも何度か経験している。

 ブナの大木では、毎年同じ木の同じ場所に、4~5年程度継続して生えることが多い。
条件が良いと巨大化し、手のひらの2倍程度にもなる。 味は温和でくせもなく、汁物にするとつるつるの食感が口の中に充満する。
多少野性的な風味もあり、好きなキノコだ。

ムキタケ

ムキタケ

その5 ナラタケ、クリタケ

 この2種類とも広葉樹の倒木に発生するが、近年はナラタケの発生量が多い。
以前は、クリタケは良く見られたが、最近あまり見かけなくなった。
これは温暖化の影響もあるのかもしれない。
クリタケはかなり寒くなる11月下旬でも良く見かけるため、冷涼な気候を好む
と考えている。
反対にナラタケは何種類にも分かれるとされるが、私にはどの種類か、
はっきりと区別がつかない。
しかしながら暑さの残る初秋でも良く見かけるため、暑さには強いとみられる。
クリタケは、肉は固く締まり、崩れないが、ナラタケは反対に家に帰って
みると崩れてキノコの体をなしていないことも多い。

 味はナラタケの方に軍配が上がる。
汁物にすると美味い出汁が出る。
多食すると下痢などの症状が出るとされるが、今まで結構な量を食べたことも
あるが、その症状に見舞われたことはない。
クリタケは生えている姿は大変美しいが、出汁はある程度出るものの、
もそもそして味も淡白だ。

クリタケの群生

クリタケの群生

その6 ブナハリタケ、ブナシメジ

 名前のごとくブナの立ち枯れ、倒木に発生する。
特にブナハリタケは9月中下旬からおびただしい量が発生し、
目で確認しなくても、周囲に甘い匂いが漂っているので、
その存在が察知できる。
以前栄養成分を分析してもらったことがあるが、タンパク質、糖質、
ビタン類等が豊富に含まれており、ブナの持つ底知れぬ力を
思い知らされたものだ。
肉質は強靭なため、強く絞って水分を抜き、軽くしてから持ち帰る。
また、虫も入りやすいため、一定時間水につけてから処理する。
風味が強烈な個性が持ち味で、味を温和にするため、油いため、
天ぷらにして食べるのが好きである。
油との相性が良いキノコだ。

 ブナシメジはブナハリタケに比べると発生量はそれほど多くはない。
傘は鼠色がかるが、他はほぼ純白で美しく、気品が感じられ、
発見すると思わずうっとりとする。味もつつましくまろやかでどんな
料理にも合うキノコだ。

ブナシメジ

清楚な姿のブナシメジ

その7 チャナメツムタケ、キナメツムタケ、シロナメツムタケ

 チャメツムタケは毒キノコのカキシメジにも似ているので、
自信をもって採取できるのはある程度経験してからだ。
若いころカラマツ林を主体とした雑木林によく行ったが、目的はこの
チャメツムタケであった。
一ヶ所に何本が連なって生えている場合が多く、見つけると小躍りして
喜んだものだ。
傘に粘性があり、ナメコのように表面が光っている場合が多い。
まず前の年と同じ場所には生えず、気難しいキノコだ。
それに比べるとキナメツムタケ、シロナメツムタケは、何年かは
同じ場所に生える。
特徴もはっきりしており、特にキナメツムタケは傘の黄色が目立ち、
まとまって生えていることも多く、美しいキノコだ。
味はチャムナムツタケが1級であり、ナメコより個性が際立つ。
汁にするとキノコ特有のコクのある味が出て、最も好きなキノコの一つだ。
キナメツムタケ、シロナメツムタケの順に味も淡白になり、
はっきりとした特徴は薄れてくる。

チャナメツムタケ

チャナメツムタケ

その8 ウスヒラタケ、ヌメリスギタケモドキ

 この2種は味の良いキノコとして掲げた。
ウスヒラタケは6月下旬ネマガリタケを採りに行ったとき、立ち枯れした
広葉樹に折り重なって生えていた。
また、9月上旬、秋の本格シーズン前でも生えており、全く季節を
選ばないキノコだ。
そのためウスヒラタケを目的に行くことはなく、あくまで偶然に生えていて、
得した気分になるキノコだ。
一方ヌメリスギタケモドキは晩夏~初秋の時期に見かけることが多い。
樹木の種類を選ばず、広葉樹に束になって生える。
姿が独特で傘の表面に褐色の突起(鱗片)があり、似たキノコに
ヌメリスギタケがあるが食用なので間違っても大丈夫だ。
このキノコも目指して行くのではないので、見つけたらラッキーという気持ちとなる。

2種とも汁物に入れると味にふくよかさが増し、豊かな味わいとなる。

ヌメリスギタケモドキ

ヌメリスギタケモドキ