Vol.11 アメリカ家庭造園と芝

友田 誠

 アメリカの都市部における一般住宅の家庭造園で、中心的な役割を果たしてきたのは芝である。
 私たち日本人の多くが、家の前に広がる緑色の芝生のジュウタンとそこで遊ぶ子供やペット、芝刈りをする父親とガーデニング中の母親といったイメージをアメリカの映画や映像から想像したりするが、 実際にアメリカの家庭造園の歴史はこの芝とともに歩んできたと言う。
もともとヨーロッパの宮廷園芸で使われてきた芝が、移民の流入とともにアメリカでも利用され始めたのが、アメリカの芝の歴史のスタートだと聞いた。

 しかし、芝の維持には恒常的な刈込みと緑色維持のための大量の水、肥料等が必要だったことから、芝生の庭は、富裕層のみがそれを保有できる、いわば金持ちの象徴的なものであったとされる。

 ところが第二次世界大戦後、中流階級の富裕化とともに庭付き一戸建てが急速に都市周辺に広がりだしたことと相まって、園芸肥料の普及やスプリンクラーなどの潅水装置の一般化、安価な芝刈り機の開発などで、 芝生の所有はアメリカ社会の中で急速に広がり、芝生は、富裕、安定的な生活、幸福な家庭の象徴的なものとして最近までのアメリカ家庭造園の王道となった。
我々のイメージするアメリカの庭はまさにそれに基づいており、 私が生活していたシアトル近郊においても、多くの住宅の庭は現在でもその周囲を芝で囲まれており、ゴルフ場の周囲などは高級住宅街としてゴルフ場と一体化した広々とした芝生に囲まれている。
 

 しかしながら、最近この芝生の庭=幸福な家庭の図式はすこしずつ考え直されているように感じられた。
変化のキーワードはローメインテナンスで、この変革はアメリカの大量消費礼賛の文化の見直しに基づいていると考える。
いままでは大量の水をスプリンクラーで潅水し、多量の農薬、肥料、芝刈り機に代表される化石エネルギーを投入して庭の美しさを維持管理してきたのが一般の造園管理の手法であった。
しかし、ヨーロッパなどで発展してきた環境問題への意識が、国土が広く、環境悪化の実感の沸かなかったアメリカの一般の人たちの中にも徐々にではあるが到達してきており、自分の庭への農薬、肥料の投入をできるだけ抑えようと試みる人が増え、 大学や市民講座、園芸店の講習などでも、一般家庭の造園管理や園芸作業の周囲の環境への影響が積極的に取り上げられ、必要以上の水、肥料、農薬などの投入を戒めている。
また、昨今のアメリカ社会の経済力低下により、財政的に余裕のなくなってきている人々の造園、園芸に対する節約意識も、庭のメインテナンス費用を減らす方向を作り出していると思われる。

 この芝生中心の庭からの脱却の方向により、求められる造園作業が、具体的には潅木類や宿根植物を利用した花壇の割合を増やし庭の管理労力を減らす、あるいは、庭内の地形、日照、水分条件などに対応した植物の選択や固有種を増やすことによる夏場の潅水量を削減するなどのように変化してきている。
さらに、自分の庭に野菜畑を作る人が増え始め、鶏や蜂を飼う人なども現れるといった庭の利用の多様化もみられるようになり、蝶やハチドリを呼ぶための庭造りなど、日本でいうビオトープ造園に関心を深める人たちもでてきた。
 

 平日の夕刻や休日の昼間になると、芝刈り機のエンジンが何台も周囲にこだまするアメリカの住宅地域が、将来的により多様な生き物の住む場所として変化し、一般家庭の庭から芝生がなくなる日が遠くない未来に来るのかもしれない。

'13.05.